ミライロを一緒に立ち上げた副社長の民野剛郎(たみのたけろう)。僕が彼にほれ込んだきっかけは、大学の学食でのじゃんけんでした。
大学に入った頃の僕は、できることはできる限り自分でやると決めていました。「かわいそうな障害者」として特別扱いされることが、当たり前にならないように。必死だったのだと思います。
片手でお盆、片手で車いす
学食では、お盆を持って料理を取り、レジへ進みます。片手でお盆を持ち、もう片方の手で車いすをこぐのは、なかなか大変です。それでも、汁物さえ取らなければ、やってやれないことはありません。
僕の姿を見て、周りの友達はいつも手を貸してくれました。ありがたい!でも、どこかもどかしい。そんな気持ちを抱えていました。
民野とは同じ学部、同じ学科でしたが、特に親しいわけではありませんでした。
ある日の学食です。民野だけは接し方が違って、驚愕しました。さっさと自分の会計を済ませて席につき、ふたりで食べ終わってから、こう言いました。
「じゃんけんで負けたほうが、食器重ねて返却口で!」
負けたのは、僕でした。
「はい、カッキーの負けね!片付けよろしく!」
民野は、よく見ていたのだと思います。僕にできることと、できないこと。手伝いが必要なことと、そうでないこと。助けるのでも、遠慮するのでもなく、フラットに向き合ってくれる。その心地よさに、僕は惹きつけられていきました。
僕らにしかないもの
しばらくして、民野も起業を志していると知りました。お互いのこれまでを打ち明け合い、自然な流れで、二人で会社をはじめようと決めました。
とはいえ、事業プランは白紙です。ビジネスプランコンテストに応募しては、書類審査で落ちる日々が続きました。自分たちにしかないものは何だろう。考え込む僕らの間で、民野が言いました。
「しいて言えば、カッキーが車いすってことぐらいかな」
障害を前面に出すなんて、格好悪くないか。特別扱いに抗ってきた僕には、ためらいがありました。それでも腹を括り、民野や仲間と考えたのが「らくらく大学ナビ」です。大学のバリアフリーの状況や、入試・入学後の配慮を調べられるサイトでした。
龍谷大学のビジネスコンテスト「プレゼン龍」で、僕らは初めて書類審査を通過し、そのままグランプリをいただきました。
名前を呼ばれた瞬間、みんなで抱き合って泣きました。手術もリハビリも一人で向き合ってきた僕にとって、初めて誰かと何かを成し遂げた日でした。
副社長 民野、社長 垣内
会社での役割は大学近くのお好み焼き屋で決めました。じゃんけん……ではなく、話し合いで。バリアフリーの事業なら、まずは僕が前に立つほうが分かりやすいかな。僕らの中での理由は、それくらいでした。
「やってみて、向いていなかったら代わってほしい」。そう伝えて、僕が社長、民野が副社長になりました。今日まで社長を続けてこられたのは、向いていたからではありません。民野や周りの人たちが支えてくれたからです。
じゃんけんに負けたから、片付ける。手伝ってもらうのではなく、ただの負けとして。それが、うれしかった。助けられる側でも、気をつかわれる側でもなく、ただの友達でいられる。そんな関係があることを、僕は民野に教えてもらいました。





